「何で怪我してるの?何で包帯ぐるぐる巻きなの?ミイラみたいだよ。細いから余計にミイラみたいだよ。正直に言っていいかな。今のグロちゃん通常の10倍くらい怖いよ。私でも逃げ出したくなるくらい。目血走ってるし。」







心配して病室に駆け込んできたと思ったら、こんな暴言を吐き出された。

近くに居た医療班に私が喋れないことを聞くと、少しだけ俯いていたがすぐまた私を見て暴言を吐く。





「グロちゃん任務失敗したんだってね。それでボロボロになって戻るなんて…情けない…」



元々コイツとは馬が合わないと思っていたが、此処まで言われると流石に腹立たしい。

私は喋れない、動けないで目の前にいる憎たらしい女に反論することすら出来ないのだ。

その状況が更に苛立ちを募らせるが、今の私には為す術がないことを自覚して唇を噛み締めて懸命に堪える。



嫌味を聞き流していると唐突に医療班の連中を追い出して私とはこの病室に2人きりになった。

先刻以上の嫌味を覚悟して逃げるように意識を手放そうとしたが、不意に手を握られて一気に現実に引き戻される。

麻酔が効いているのか触られているという感覚は殆ど無かったが、何とも言えない気分に陥る。

普段から人と触れ合うことなどなかったし、触れ合うこと自体を好んでいなかった。

ましてや、今触れ合っている相手はあのだ。

私のことが大嫌いで顔を合わせれば言い争い。2人で叱られることなど日常茶飯事の相手。

そんな奴が自分の手を握っているなんて…裏があるに違いないと、冷静な私は判断した。



決して異性に手を握られて舞い上がってるなんてことは…断じて無い。



「グロちゃん何で頬染めてるの?気持ち悪いよ。」





一気に違う現実に引き戻された。





そうだ、はこういう奴だ。別に何か期待していたなんてことは無いのだが…





「食べ物も駄目なんだね。私、林檎食べるから。」





そう言って私の横で持ってきた林檎を丁寧に剥いていく。

目が合うと少し得意気に兎のように切った林檎を見せてくる。

不格好だったから少し馬鹿にしてやろうと思ったが、今の自分には何も出来ないことを思い出す。










『…グロちゃんに食べさせてあげようと思ったのにな…』










ぼそっと呟いたの発言が聞こえなかったことを目線で訴えてみたが、派手に無視された。



「聞こえなかったならいいよ。ばーかー」



一通り私に林檎を見せびらかして、それを満足そうに食べているを横目に再び眠ろうとすればその度に名前を呼ばれる。

何がしたいのか分からなかったが、動けないし寝ること以外なかった私には良い暇潰しになった。







それからもは返事の無い私に話し掛けてきた。

先刻までの嫌味とは違って、白蘭や入江に話しているそれと同じで少し複雑になる。

いつもこれくらいだったら私だって喧嘩腰にならないものを…





最後の林檎に手を付けようとしたところで医療班が少し遠慮がちに部屋に入ってきた。

気付けば数時間は部屋を占拠していたようで、そろそろ戻れと言われていた。

は少し考えた後に、私の手を再び握って今まで見たこともないような優しい顔で微笑んだ。





「…早く…いつもみたいに怒鳴ってよ。」





予想外の言葉と見たことない表情に思わず目を見開けば、に視界を支配される。

いつも悪態を吐いて、心底私を嫌ってると思っていたの知らない一面に心臓が騒いでいるのが分かる。

まさか、こんなことを言われる日が来るとは思わなかったし、嫌われていると思っていたのに…

顔を合わせれば嫌味の言い合いで、白蘭様に2人で怒られたこともあった。

そんな喧嘩仲間という言葉が相応しい相手に心配される日がくるなんて…



私が呆気にとられていると、の表情が悪戯を楽しんでいる子供のような笑顔に変わる。












「戻ってきたら奢ってね。財布が空になるまで食べてあげるから。約束だよ?」















私の返事を聞く前に、は病室から立ち去って行った。





その後に残ったのは、不格好な兎を彷彿とさせる林檎と、手に残る暖かい感覚だけだった。










(こんな時に何も言えないなんて…)